ゆず永眠いたしました。

ゆずが悪性リンパ種と診断されて、余命宣告が2ヶ月といわれたものの、半年が過ぎてました。
この所、腹水も凄くて、でも食欲もあって、もう少し一緒に過ごせるかな・・?と思っていた矢先でした。
今朝8時過ぎに、「いちごハウス」からよろよろっと出てきて、何故か壁に向かってよたよたと歩き出したので、パパが「ゆず、どこいくの?そっちじゃないよ」と声を掛けたら、いちごハウスにもたれかかったまま、歩かなくなり、床によこになってしまい、後は、バスタオルに包んで抱いて、病院が休診日だったのですが、試しに電話をしたり(つながらなかった)、最期にステロイドを飲ませたり、水を飲ませたりしている間に、軽い痙攣のようになり、口を開けて息をすうような感じを数回、最期、大きく1息吸って、そのまま、あっという間に逝ってしまいました。
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パパと私でさすったりしてました。
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そして大きく息を1回吸って、逝ってしまいました。
「ゆず!ゆず!!」って声も掛けた。
でも途中から「もういいよ。頑張らなくていいよ。」って言ってしまいました。
ゆずに、私達の声は聞こえていたかな?
最期、何を思っていたのかな?
苦しかったかな?
そう考えると、涙が止まりません。
たった8年と9ヶ月だったけど、ゆずと家族になれて幸福でした。
介護を投げ出したくなった時、ゆずが傍にいて、顔を舐めてくれたり、抱っこさせてくれると、本当に癒されました。
夕べ、珍しく布団に入ってこなかったんですよね。
夜中、何度か粗相していたのを起きて掃除して、寝不足だ~って、朝7時過ぎには言ってたんですよ。まさか、その後逝ってしまうなんて思わず、私は心の中では「ゆずがいつか逝ってしまったら、うんち掃除もしなくて済むんだな」なんて、酷い事考えてしまった。
だから、ゆずは私達に申し訳ないと思って、逝ってしまったんじゃないかと思うと、後悔しても出来ないし、たくさん謝ったけど、もう、ゆずはいないから、どうしていいか分かりません。
すぐに葬儀屋さんへ電話をして、大抵は、1日くらい遺体を家に置いて、翌日火葬というパターンが多いって聞いたけど、パパが、可愛そうだから、早く火葬してやりたいって事で、葬儀屋さんも、大急ぎで準備をしてくれて、10時に火葬に連れて行きました。
バスタオルに包んだゆずは、まだ温かくて、でも、硬直が始まりだしていて。
葬儀屋さんが、とても優しく丁寧だったのが、せめてもの救いでした。
ゆずはもういません。
虹の橋に向かったと思います。
小梅も、まりお君も、以前私が飼っていたリュウもいるから心配ないよって話してから、火葬しました。
抗癌剤を使ってなかったので、骨は見事に残ってくれました。
11時前には、パパと一緒に遺骨を骨壺に入れて、お昼前に、ゆずと一緒に帰宅しました。
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こんなに小さくなって、帰って来ました。
パパも泣いてます。私もです。
パパが「何をしても涙が出るな」って言ってます。
玄関の呼び鈴が鳴ったんだけど、もう吠えません。買い物から戻っても、走って来てはくれません。
淋しいです。
しばらく、ブログを更新出来ないかもしれませんが、Twitterは、つぶやこうと思ってます。
火葬場からずっと、左肩と首が痛くてしかたないです。ゆずかな?と思ったりしてます。
な~んにもしたくないけど、私は介護は休めないし、やる気でないし、夕飯だって作る気にならないし、朝から食べてないしで、パパがデリバリーを取ってくれました。
もう、ちょーだい!って走っても来なくて、それが淋しいです。
すみません。
頭がいっぱいで考えられなくて、支離滅裂かもしれませんが、ゆずを応援して下さった方々に、
今日、逝ってしまった事だけは伝えたくて、更新させてもらいました。
ゆずの、いちごハウスも、食器も、カーペットもこたつ布団も、私達夫婦の布団も全部捨てました。
買い替えました。粗相後がたくさんあったからね。
ゆずのもの、みんな捨てました。
素早いなって思うけど、ゆずはもういないから。
少しずつ、立ち直って行けたらいいな。
NZの娘にも連絡しました。午後の授業をさぼったそうです。仕方ないですね、哀しいのは皆同じだから。息子は火葬には来ませんでした。今は部屋で寝ているようです。みんなみんな、それぞれが悲しく辛いんだと思います。

今まで、ゆずを応援して下さった皆様、ありがとうございました!!
心より御礼申し上げます。

2012年2月27日 午前8時30分  ゆず 永眠。
by cecilia-1127 | 2012-02-27 15:39 | ゆず闘病記