母 本日16時3分永眠致しました。

8月に入院し、10月の終わりにも入院して、それでも12日前に「ほぼ完治(寛解状態含む)」という事で退院してきた母でしたが、本日16:03に永眠いたしました。
退院してきて落ち着いていた母は、昨日、久々に訪問入浴で入浴が出来て、訪問診療も受け、火曜日には訪問看護とケアマネージャーの訪問も受けていました。
今後、在宅で過ごしていくため、今まで通りより、さらに快適に過ごしてもらうよう手筈を整えていたところでした。今日も容態は普通だったので、私は大掃除をしていました。
夫が母の様子がおかしいというので見て見ると、喘鳴がしていたので、すぐに本問看護ステーションに電話をし、指示を頂き、合わせてナースがこちらに来て下さり、酸素吸入の用意もし、酸素を吸入し、落ち着いたので帰られました。
その後、ケアマネージャーさんと、ナースの方から今夜からの指示の電話を頂き、話をしている間に、母の喘鳴が落ち着いてきたので、酸素吸入のおかげと思っていましたが、母の最期が近づいていたようです。
虫の息とはこの事なんだ・・・と思うような呼吸になり、不謹慎かもしれないけれど、ゆずの最期もこんな感じだったなという状態になり、逝ってしまいました。
すぐに訪問看護ステーションに連絡して、ドクターやナース、ケアマネが駆けつけて下さいました。
死因は「老衰」でした。
長患いだったので、これと言った服もなく、着替えをどうしようかと思っていたら、娘が自分のお気に入りの浴衣をくれました。
看護師さんと着せて、顔拭いて、口紅を引き、死に化粧を全部ナースの方々が、母の思い出話をしながらして下さいました。
「お母様、ご自宅で逝きたかったのね、だから退院してきたのかもしれないね」と仰ってました。
そして皆が、私に長い介護生活お疲れ様と仰って下さったけど、それと同じだけ、母も病と闘ったんですよね。
やっと楽になった母。異母姉がかけつけてくれましたが「おばさん、良かったね、やっと楽になったね。お疲れ様ね」と言ってくれて、それで私は泣けました。
「良かった」って言ってくれる人はそうそういませんよね。私の苦労を見てきた姉だからです。
随分前に姉が撮ってくれた写真が、母の遺影になるようです。
私は母に「生んでくれてありがとう」と言いました。
もう暮れなので、斎場の空きがないそうで、母の葬儀は1/3,1/4となりました。
一気に正月気分から変わってしまいましたが、亡き父に約束したように、きっちり喪主をつとめ、ちゃんと母を送ろうと思っています。
長い間、ここで私の介護の愚痴等を聞いて下さったり、励まして下さったりして頂き、感謝いたしております。
しばらく忙しくなりそうで、またまた当分更新出来ないと思いますが、私は大丈夫です。
ツイッターとフェイスブックは、ちょこちょこっと更新してますので、探してみて下さい。

お母さん、産んでくれてありがとう。我がままばかり言って、色々な事で困らせて、本当にごめんね。
感謝しても、感謝しても足りないけれど、お母さんの子供で良かったよ。
もう1度、お母さんのカレーが食べたかったです。
優しい介護が出来なくてごめんなさい。
介護が嫌になって当った事もあるけれど、悪態着いた事もあったけど、本当はお母さんが大好きでした。
最近、お母さんと似て来たなとか、お母さんが言っていた事と同じ事を子供達に言ってるなと思う事があります。教わった事は覚えてます。
ちゃんと育ててくれてありがとう。
天国でお父さんや両親にあって、楽しい時間を過ごしてください。
Maman Adieu,adieu・・・
by cecilia-1127 | 2012-12-28 22:43 | 家族